可愛くてナンボ!

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2018年 06月 04日

二週間。


ミルちがウっちとタバサのところにお引越ししてから二週間が経とうとしています。
各病院へのご挨拶も済ませ、手続きが必要なものも済ませ、
大して食欲も無いけれど、
気にはなっていたけれど今迄行かれなかった(ミルちを置いてまで行こうと思わなかった)ご近所の美味しい店に
オットと行ったり、、、。
で、「美味しかったけど、ミ~ちゃんがいてくれたほうが全然良かったよね・・・。」となるワケです(苦笑)。
オットも「もっと美味しい物食べさせてあげたかった。」と、今だに言っています。

ちなみに今、ミルちの朝はミルク入りモーニングコーヒーから始まります。「はい、ミ~ちゃん、も~ひ~ですよー。」
以前から、オットがこっそりほんの一口だけどあげていて、すっかり気に入ったミルちは(そりゃそーだ)
私達が飲んでいると必ず、
「ミ~ちゃんにも、も~ひ~ください♪」
良い子は真似をしないで欲しい習慣だったけれど、今じゃ堂々と飲んでいるのでしょう。


日本ではよく、49日までは家に居る、だとか、色々言われているけれど、
今も私達の傍に居て、へらへら♪笑っているのだろうとか、
「どーして気がついてくれないですかぁ?」と、ベソかいているんじゃぁなかろうか、とか、
もう既に、ウっちとタバサとお空でおべんとうを食べながら、「ママってさ~、オニばばだったよね~」と、
ガールズトークに花を咲かせているのかな、とか、
オヤツも、「はい♪ウっちゃんにひと~つ、ミ~ちゃんにふた~つ♪」と、ずるっこしていないだろうか?とか、、、
要するに、ウっちやタバサの時と同様、あっちに居るのかこっちに居るのか?と、想いは混乱状態。

結論が出るはずもない。だって、誰も本当のコトなんて分からないのだから。
でも、ある方が教えて下さった事は私の心の支えになっている。

結局、私は、その時々で都合の良いように想い、自分を納得させているのです。

犬は自分の死に方を選ぶ、と言われているけれど、、、全ての子がそうなのかは分からないけれど、
少なくとも私の友達の子達は、その想いを全うしているように思う。
そして、我が家の子達は看取られる事を選んだのでしょう。
それは正直、言葉には言い尽くせない程の辛い瞬間でもあります。
でも、私は我が家の子3人全てを、最期の一息まで見届けられた事を、誇りに思いたい。
ウっちもタバサもミルちも、みんな私達の大切な家族です。

20年以上誰かしら居た我が家はすっかり静かです。
まるで最初から犬も猫も居なかったかのように。
それでも家中見回せば、タバサの爪の引っかき跡、ウっちのけずったテーブルの傷、
ミルちのつけた壁の汚れや引っかき跡・・・。今でも偉そうに自己主張(笑)

あれから後もお花がいくつも届けられ、ウっちの時と同様、お花畑は今でも健在です。
本当にありがとうございます。

奇しくもミルちの49日はウっちの命日。
生前は、さほど仲良しにも見えないふたりだったけど(笑)やっぱり家族なんだね。
ウっちは、あー見えても、実は一番の家族思いなコ。お散歩中もオットとミルちを常に気にかけていました。



数日前、ウっちとミルちの訓練の先生である師匠に、用事があってオットと一緒に会いに行きました。
そこは何回か訓練をしに行った懐かしい場所。
丁度、先日ミルちに会いに来てくれたり、斎場にも付き添ってくれたお仲間のゴールデンの子が元気に訓練中だった。
「筋肉すごいね~、ミルもあんなだったよねー。」と、オットと話しながら、
会った頃まだ1歳そこそこだったあの子も、もう9歳になろうとしている事に時の流れを感じた。
初めて会った時、なかなかのやんちゃっぷりなので訓練を始めたばかりだと聞いて、
生意気にも
「ただ一緒に暮しているだけでも可愛い我が家のコだけど、訓練を始めると犬との時間がもっと濃くなって
 もっともっと可愛く感じるようになるんですよねー。」みたいな話をした事を思い出した。

  ここ3年程で、16歳5ヶ月のウっちを送り、19歳6ヶ月のタバサを見送り、
  そして2週間前に14歳11ヶ月過ぎのミルちを送った。
  完璧では無かったけれど、家族として最低限の義務だけは果たせたのではないだろうか?
  何歳だから逝っていいとは全くもって思わない。だけど、生きる限り寿命は現実なのだ。
  3人とも天寿を全うさせてあげられたのではないのだろうか?と自問自答する毎日だ。
  と言うよりも、そう思わなくちゃ耐えられない・・・(苦笑)

  正直、もう枯れっ枯れ、燃え尽き症候群。
  本当はこう言うのもどーかと思う。誰に頼まれたワケじゃなく、自分達で選んだ生活だ。
  嫌ならもう二度と犬や猫と暮さなければよい話なのだ。
  間違っても「お疲れさま、自分。」なんて思っちゃいけないとも思う。
  そして、もう一度、あの「命を預かる」というパワーを持てるかも自信無い。
  私にとっての「命を預かる」とは、食事面だけでなく、命を守る為の躾け、環境全てだ。

  ウっちが逝った後、次の子を迎えなかったのは、もう10歳を幾つか超えていたミルちの近い将来を考えて
  「これからはミルちだけを見てあげよう。」と、オットと決めたからだ。
  勿論、ウっち以外考えられなかったのも事実だけれど、、、
  百万歩譲ったとしても、
  ミルちの、いずれ来るであろう待った無しの介護生活と、
  これまた待った無し、のパピーとの生活とは、あまりにも違い過ぎる。
  どちらも可哀想だと判断したからだ。
  もっと言っちゃえば、未だ見ぬパピーより、今居るミルちが大切なのは言わずもがな・・・だ。
  いずれ寂しくなる日が来ると判っていても、犬が居ないと寂しいから、、、という気持ちを押し通す事は出来なかった。
  それが、以前私が書いた「心に決めたこと。」です。

訓練が終わり、師匠やお仲間と和やかに話をした。
日差しは強かったけれど日陰に入ると寒いくらいの、カラっとした陽気の午前中だった。
木陰に停めた目の前の師匠の車の中では、師匠のシェパードくん達が気持ち良さそうにまどろんでいる。
時折吹いて来る風がサワサワと木々の枝を揺らしている。
何を飲むでも食べるでもなく、ただ犬達の話題で笑っていた。
それ以外ナニも無い。

それなのに、私は枯れっ枯れの心が少しずつ潤っていく感覚を覚えた。
間違いなく、身体の内側に何かが戻ってくる感覚だった。
その時はっきりと思い知った。
「私は、ほんと~に、この世界が好きなんだな。(笑)」

だからと言って、直ぐに一歩踏み出せるかというワケではありません。
あんな子達にはもう巡り会えない、と、今でも強く思っているし、きっと変らない。
でも、あのコ達が居なくなっても、私の中にしっかりと根付いたものがある。
それはウっちとミルちが私に残してくれた、色褪せる事の無い大切な置き土産です。

とりあえず、「犬猫の飼い主やめても、人間はやめられないよね。」をモットーに(笑)
なんとか頑張っているウチミル家です。




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by wendymilfy | 2018-06-04 13:55 | ひとりごと | Comments(0)


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