2017年 03月 13日

犬を飼う資質。

日曜日、のんびり散歩中のいつもの公園。
グラウンドゴルフ帰りのお年寄りの方々と擦違う。
互いにおしゃべりしながらも、何となく目はミルちを追っているのを敏感に感じる。
あんな事件があった後なので、どんな風に思われているのかな?と、こちらもナーバスになる。
そんなお年寄りの群の中から「あらっ!」と女性の声。
知り合いの高齢女性がニコニコと寄って来て下さった。
いつもの様に優しくミルちを撫でながら、「いつもいいこね~、やさしいのね~。」

そんな事がいつも以上に嬉しかった。分かってくれている人はここにも居る。


ウっちが亡くなって、ミルちもシニアになり、気を抜く生活はしないまでも、
あの頃の様に「躾や訓練」に時間を割く事が少なくなった。
でも、もし次に迎えるという事を考える時、今は色んな事を見つめ直す良い時間かも知れない。

昔、「犬を飼って良い人と、駄目な人がいる」と教わった。
それは環境だとか、経済力だとかを指すのではなく、「飼い主の資質」だ。

今、思い起こせば、ウっちを迎えた頃のワタシは、全く以って「資質ゼロ」だったと思う。
今でも反省てんこもりだ。

そんなワタシでも分かった事がある。

体罰(蹴り、殴る)は躾けとは絶対に言わない。
声を甲高くして怒る事とは別の、
ただの人間の自己満足な、ヒステリックな行為に過ぎない。
常に叱られるから、痛い事されるから言う事を聞くだけの関係は、信頼関係とは言えない。
上下関係は、力づくで構築されるものではないから。
満足しているのは、飼い主だけ。
それでも犬はついて行くしかない、頼れる人は他にいないのだから。
(ちなみに、コレ、1800年代の軍用犬の躾け方との話もある。)
闇雲に犬にストレスを与え続ける事は、いずれ反撃されるか、下手すれば早死にさせる事にもなりかねない。
・・・これは流石にワタシはしなかったけれど(笑)。

だけど、時によっては叱ることは必要。特に、命に関わるような事は。
でも、叱りたくなければ、叱らなくて済むような先回りが必要。難しいけれど。

躾、訓練は、そもそも「犬を褒めてあげる為にする」という事。
他人に対する見栄だけでするものではない。
やらされている感漂う服従作業(躾)ほど、見栄えの悪いものは無い。
以前、カフェや宿泊先などで、物凄く犬に威圧的に命令する人を見た。
別に周りに迷惑をかけているワケでもない、大人しいコ。
なのに、犬が自分の言う事を聞かないと、バツン!と、ものすご怒る。
(そこまでは躾けの自由かも知れないけれど、)
と同時に、犬よりも周りをキョロキョロと見るのだ。
自分の犬より他人の目なのだろう。自分がどう思われるか?の方が大切なのだ。
どんなに厳しく躾けても、犬の為なのか、自分の見栄の為なのかは、雰囲気で伝わるものだ。

躾や訓練では修正不可能な、生まれ持った性格を丸ごとひっくるめて受け止めてあげる事。
そして、可能な限りフォローする事。
(生まれ持った臆病、攻撃性が躾で完全に封印できると思ったら大間違いだ。)

自分は甘やかされているのではなく、愛されていると思う犬にすること。


ウっちの時は、不本意ながらも威圧的にならなければいけない時期があった。
けれど、本当の意味で信頼関係が築けてからは(多分(笑))、それも卒業。
まぁ、最後までワタシはナメられていた感は否めないけど・・・。

ミルちは二頭目という事もあり、私達もちょっぴり心のゆとりがあったし、師匠もいてくれた。
まさに「家庭内ゆとり世代」(笑)。
何より、オットが「より穏やかに」育てた。可愛い♪だけ言って育てた(笑)。
でも、パピーの頃、そんなオットが一度だけとても強い口調で叱り、
「入ってろ!」と、ポン!とケージの中におっぽり投げた(笑)ら、以後、ホント素直になった。
ちびミルちがナンかしたんだと思う、悪い事を。それがナンだったか今は思い出せない、ダメぢゃん(笑)。
勿論、ケージはバツの場ではない事は分かっている上での事。

生後4ヶ月の時、師匠のスクール主催のわんわん運動会に行った時、
朝、まだ我が家しか居ないランで遊ばせたのだけれど、呼んで一発で戻って来たのはミルちだった(笑)。
残念、ウっち・・・(笑)
しかも、まだ大した事も教えていなかったのに、座って待て!大会・パピーの部で、リード無しで10分近く待った。
3m程先で待つミルちの顔は神妙で面白かった。フレッシュさ満載の頃だ。
この頃から既に、オットから少しでも離れる事をお好みではなかった(笑)。
恐らく、ミルちにとって大好きなパパの言う事は絶対だし、それが嬉しいのだ。


ワタシは犬に愛される飼い主になれるだろうか?
ウっちが身をもって教えてくれた事を、次の子に生かしていかれるのだろうか?

本物の愛情を受け、愛情を知っている者なら、その愛情を与える事ができるはず・・・って誰かが言っていた。

ワタシは今迄、周りの人が与えてくれた愛情を、上手く伝える事が出来る人間だろうか?
そして、ウっちやミルちのように、周りの人からも愛して貰える子に育てられるだろうか?
こんな分かった風な事を書いているけれど、自分は何処までできるのか?

今まで、私なりに頑張ってきたつもりだけれど、
我侭な自分の性格を思う時、もう一度立ち止まってみる事も大切な事だと思う、
ウっちを亡くしてからのワタシです。


『バカ親の、可愛いから載せちゃお♪コーナー』
 ・お散歩中♪
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 ・モデルさん、しました♪(再) (あ~~♪やっぱり、かわええ~~~♪♪)
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by wendymilfy | 2017-03-13 15:06 | 訓練・競技会 | Comments(4)
Commented by えりぱ at 2017-03-14 06:54 x
大好きな「カリフォルニアのばあさんブログ」で、つい先日愛された者は愛されたことを忘れない、と買いていらしてじーん・・・としたばかり。
私は今までどの子にも愛犬家冥利に尽きるくらい愛されたと、思います。少し優しい気持ちになれました。
(それに応えてあげられたかどうかはまったく別件…わけて考えてもいいのかなと少し思いました)
Commented by wendymilfy at 2017-03-14 20:32
♪えりぱさん
確かに・・・、うん、深い言葉ですね。
うちの子達も、愛されている事を実感して欲しいと思います。お空組も含めて。
そうですよね、毎日の生活の中でのちょっとした仕草や態度の中に、
私も沢山の愛情を貰ったと思います。
甘えてくれる事も、心を許した愛情表現のひとつですしね。他にも色々。
心があったかくなる言葉、ありがとうございます。
Commented by ガニママ at 2017-03-15 19:33 x
犬を飼う資質については、凄く悩みます。
HanaとKOHに育てて貰っている気がします。
ウっち&ミルママさんの域に達していても葛藤があるのですね。
我が家は私の年齢を考えてある意味見切り発車でKOHを迎えてしまって、ただ流されている感じの毎日です。
デルモのウっちゃんとみーちゃん、鼻血が出そうにかわいいです。(ちょっと表現がなんですが…、)こんな素晴らしい表情をだせるウっちゃんとみーちゃんは一杯の愛情を受けているのだなって感じます。
我が家の二匹…デルモには程遠い二匹ですが、表情の豊かさを一生懸命育てたいなって思っています。褒めて褒めて褒めまくるためのお稽古、続けて行きます。
ウっちゃん、みーちゃんの域を目指して。
Commented by wendymilfy at 2017-03-16 00:21
♪ガニママさん
ありがとうございます~。大丈夫ですっ、ワタシも鼻血がでそうですからっ(笑)
ぃえ、ホント、いつもの親バカにお付き合い頂き、恐縮です・・・

偉そうなコト書きましたけど、ワタシは何の域にも達していないです(汗)
ワタシも、ウっちとミルちや周りの人に育てて貰ったと思っていますが、
もし、期待の新人(笑)を迎える日が来ても、またゼロからのスタートだと思っています。
今迄の経験がその子に通用するかは分からない事ですし。そうそう、自分達の年齢も考えないとねっ!(笑)
(ただ、分かってきたことは、ぶっちゃけ、躾の技術が無い飼い主に限って、不必要に足を使うとか手を出すとか、
 威圧的な行為に出るのがカッコイイと思っているのかなぁ、と。(笑))

HanaちゃんもKOHくんが、あれだけ天真爛漫な表情を見せてくれるのは、
ONとOFFの使い分けも素晴らしい躾けの賜物と、
パパさんママさんの愛情がたっぷり伝わっているからだと、絶対的に思っています!


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